たよりない現実、この世界の在りか

茹だるような暑さの午後、所要があるとのことで、恋人と連れ立って資生堂ギャラリーへ、半開きのドアの向こうに地下へと続く不安定な階段、普段訪れることない銀座の居心地の悪さから開放されたようにも見えたが一度だけ行ったことがあるはずの資生堂ギャラリーの記憶が一切喚起されないほどズラされた世界があった

歩いてきた通りが夏の刺すような日差しだったことと鳥目がちであることが重なり薄暗い中を手を伸ばし壁に這わせながらそろそろと歩いた、廊下にかけられたいくつかのドローイングを横目に、よく出来たドアを無駄に押して回って、一番奥の部屋をひとしきり眺めた、鏡文字は好きだから食い入るように見た

そのあと、とある扉の向こうに入った、中腰で探り探り行った、真っ暗でなにも見えずごうごうと何か機械的な音がした、そちらを向いてはいるのだが隣のその人が「あれ見える?」といったものが一切見えなかった、暫く目を一旦閉じて慣らしたつもりが目の前にカーテンを引かれたようにまったくもって像を結ばなかった、諦めかけた時文明の利器携帯電話で彼がその物体を照らしてようやく理解した、衝動的かつまったくもって無粋な行動ではあるけど正直ほっとした、なにかがある気配を感じていながら見えないということはこんなにも不気味なものなんだなとか知ることで削がれるアウラはあるなとか思った、扉の前へ戻った時に係の人から「携帯電話や光の出るもののご使用はお控えください」と少し注意された、そのような注意書きを確認していなかったのだが展示を見る姿勢として著しく美しさに反する行動をとったということだろう、怒られちゃったねと苦笑いを交わしながら歩みを進めた次の場所でも似たようなものがあったらしく彼はその方向を指さした、僕はその「何か」を見ようとして数十秒そこに留まり凝視したけれど最後まで不気味な音しか知覚できなかった、あとリーフレットにはもう一点ビューポイントが記載されていたのだが二度同じコースを辿っても正解はわからなかった、首を傾げたまま明るい地上へ戻り、いくつかの店をひやかしたあと三越前で別れた

帰り道で自身の携帯電話の充電が切れ迷い子になりつつ考えた、どう考えてもその場のルールに反している行動で見たそれが特別よいものだとは感じなかったし、普通の人ならうっすら見えているであろうそれが見えなかった自分の目に憤りを感じたりもしたけれど、隣にいて自分の見えたものをどうにかして見せようとしてくれた人がただただいとおしいよ、たよりない現実を手探りで何度でも確かめたい、僕の世界はそこにあって、自分の目で見えなかったとしてもその人ごしになら知ることができる、美しくない態度だとしても僕はそれで満足なのだと開き直っていく

(もはや美術の感想とは言いがたい只のお惚気だが許されたい)