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年の瀬に愛しい黒猫が死んでしまったがまだ実感がないのは実家にも帰省しておらずその亡骸にも触れていないからでただ正月の家族の写真の中にもう彼がいないこととか馬鹿みたいに高い猫缶を買わなくてもよくなったこととかをホームセンターやらスーパーのペットコーナーを目にすると思い出して途端に悲しみが噴出するけどそれも十数分しか持続せず生きること即ち忘れることと思い至れり

腎不全で自家輸液をしていたのだがその針で指を突いたり歯がなくなった彼のためにお粥を炊いたりしつつラストの呼吸まで看取った母はかなり精神的にダメージを食らっていた、そういうことだと思う、目の前にあるものは人生に無理やり食い込んでくる

 

インフルエンザやらかし引越しの日程がずれるなどしてバタバタと過ぎた年末から食べ過ぎて胃が重たい元日を終えてはたと2016年の下半期用に書いた目標を思い出した、それどころではなかった、それどころでは